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広島高等裁判所松江支部 昭和25年(う)28号 判決 1950年7月03日

控訴人 被告人 延松こと藤東正行

弁護人 川上広蔵

検察官 赤松新次郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人川上広蔵の控訴の趣意は別紙控訴趣意書記載の通りであつてこれに対する当裁判所の判断は次の通りである。

第二点について。

原判決摘示の証拠を綜合すれば被告人は原判決摘示の日時場所でその摘示の経緯状況の下に警察隊員及び接収係員等計百数十名に対し原判決摘示のような演説をしたことを認めることができる。而して暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項に所謂団体若は多衆の威力を示し刑法第二百二十二条の罪を犯したる者とは団体若は多衆を背景としその威力を利用して刑法第二百二十二条の罪を犯した者と解すべきところこれを本件について考えてみるに被告人は果して原判決摘示のように右演説により団体を背景としてその威力を利用して他人を脅迫したものと言うことができるであろうか。成程被告人が演説した場所は元在日本朝鮮人連盟及び同日本朝鮮民主青年同盟各出雲支部の共用事務所の二階である日本共産党出雲地区委員会事務所の窓でありその窓口には日本共産党出雲地区委員会と書いた看板が掲げてあり且つ赤旗も掲揚してあつたこと及び被告人の発言の内容に共産党員においてよく用いられておる人民政府とか人民裁判とかの言葉があつたことは伺われるけれどもそれだからと言つてこのこと自体で直ちに被告人は共産党を背景としその威力を利用して右演説をしたものと速断できないのみならずその他本件訴訟記録全部によるもこれを認めるに足る証拠はない。況んや起訴状記載のように元在日本朝鮮人連盟及び同日本朝鮮民主青年同盟なる二団体及び原判決摘示の場所に蝟集しスクラムを組んでいた朝鮮人等多衆を背景としその威力を利用して右演説をしたものと認めるに足る証拠は毫も存しない。果して然らば原判決摘示の被告人の本件演説は暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項に該当しないのに拘わらずこれに当るものと判断して被告人を処断した原判決はこの点において到底破棄を免れない。論旨は理由あり。

次に本件が検察官が原審において予備的に主張する単純脅迫罪に該当するかどうかを考えてみるに刑法第二百二十二条所定の脅迫たるには単に害悪がその発生すべきことを通告せられるだけでは足らずその発生が行為者自身において又は行為者の左右し得る他人を通じて即ち直接又は間接に行為者によつて可能ならしめられるものとして通告せられるを要するものと解すべきところ被告人はただ「云々の警察官は人民政府ができた曉には人民裁判によつて断頭台上に裁かれる。人民政府ができるのは近い将来である」と申向けたのにとどまるのであるからこのこと自体で直ちに害悪たる断頭台上に裁かれることが被告人自身において又は被告人の左右し得る他人を通じて可能ならしめられるものとして通告せられたものと解することはできない。むしろ被告人は警告を発したものと解するのが妥当であろう。その他本件訴訟記録全部によるも被告人において害悪を左右し得るものとして通告したことを認めるに足る証拠がないから本件は単純脅迫罪にも該当しないものと言わねばならぬ。

以上の次第であるから刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条を適用して原判決を破棄し 同法第四百条但し書により被告事件について更に判決をする。

本件公訴事実は被告人は日本共産党員であつて 出雲市塩治町一、二八二番地所在の同党島根県出雲地区委員会事務所に出入りするものであるが右階下に事務所を有して居た元在日本朝鮮人連盟 及び元在日本朝鮮民主青年同盟の各出雲支部が解散を命ぜられ昭和二十四年九月十日朝島根県職員富村加寿男外十四名が同支部の明渡及び財産の調査、 保全の執行の為め右事務所内へ立入ろうとした際朝鮮人数十名がスクラムを組んで之を阻止妨害した為め 検挙に赴いた出雲市警察署及び簸川地区警察署の警察官藤原芳蔵、原一市外数十名が之と対峙していた折右朝鮮人を支援し解散命令の執行及び之に関連する犯罪検挙を中止せしめる意図の下に日本共産党島根県出雲地区委員会と大書した看板を掲げ 且赤旗を掲揚した二階の前記地区委員会事務所の窓から表街路を見下し集合して居た前記県庁職員及び警察官等に対し「警察官諸君よ諸君は朝鮮人を彈圧するため何等正当な理由もないのに連盟を解散した吉田反動内閣の手先となつて今日連盟の財産を取上げる為罪もない朝鮮人等に対して暴力を加えた 然し革命は目前に迫つているのだ人民政府が組織されたら今日こんな事をした諸君は全部人民裁判にかけられ紋首台上にあがらねばならないぞ」「諸君は今笑つているが笑いごとではない青くなつて慄えあがる日が来るぞ」との旨を警察官等を指示しながら語気鋭く放言して 共産党及び前記朝鮮人二団体並に同所に蝟集してスクラムを組んで居た前記朝鮮人等多衆の威力を示して同人等を脅迫したものであると言うに在り。 右公訴事実について検察官は団体並に多衆の威力を示した点が認められないとすれば予備的 に刑法第二百二十二条単純脅迫罪の訴因及び罰条を追加する旨主張しておるが前叙の理由により本件は右の何れにも該当するものとして認めることができないから犯罪の証明なしとして刑事訴訟法第三百三十六条を適用して無罪とする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 平井林 判事 久利馨 判事 藤間忠顕)

控訴趣意書

原判決は左の如き重大なる事実の誤認を為している。

犯罪の証明がなく被告事件が罪とならないのに拘らず有罪の判決を言渡しているから破毀されるべきである。

第二、被告人は日本共産党の威力を示していない。

被告人は日本共産党員ではあるが本件発生の際は何等共産党員であることを言つていない証人高橋定市(記録四〇丁)浜光則(四〇、五二丁)和田弼民(五四丁)の証言其の他凡百証人の証言によるも被告人が日本共産党々員である事は解らなかつたと証言して居り又同人等は二階が共産党事務所である事も気がついていない。被告人は共産党による革命が近く来るとも言つて居らない、寧ろ其際に於ける交渉の相手方は朝鮮人であつて皆の者の神経は朝連のことに集中されていて決して共産党による革命等について考えて居らない。若し斯かる畏怖の念を抱いたものありとすれば特定の個人の共産党に対する主観的な畏怖心である、原判決に表示された脅迫は裁判官の主観的な共産党に対する先入感による畏怖心によつて生じたにすぎない。それが客観性を有しない限り有罪の認定資料とならない、革命は必ずしも共産党によつて為されるとは限らない。又共産党自体は自由党民主党と同様国家の公の政党であり合法的団体で畏怖の対象とはならない。

然りとすれば被告人が共産党員であつても党に藉口して行動しない限り共産党の威力を示したことにならず暴力行為等処罰法の犯罪構成要件を欠くことになり無罪となる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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